2010/08/10

マジカルパウダー


 プロローグ

 夏休み。高校二年生の夏というのは、受験勉強を始めるちょうどいいタイミングという話を聞いたことがある。実際そうなのかもしれないが、俺には正直実感が湧かなかった。
 学校の友人たちもまだそこまで本気を出していないようで、その雰囲気に流されていた。いや、別に言い訳じゃなくてな。だから勉強してないってことに……ああ、そうですよね。無理だよね。

「というわけで、すぐるにはちょっとお父さんの田舎に行っててもらいます♪」

 突然俺の部屋に入って来た母さんにそう引導を渡されて、親父の実家にしばらく強制送還されることになりました。
 って、待てよ!ふざけるな!
「俺の夏休みノンビリ引きこもりライフはどうしてくれるんだ! それだけが楽しみで夏休みの補習を全部蹴ってきたのに!」
 我ながらダメ人間のセリフだなぁと思ったが、この際それは問題じゃない。
「そこがいけなかったんでしょう? お母さんに黙ってそういうことしたらいけません」
「だってお……だってお……」
 気持ち悪い語尾になりながら、夏休みの計画がさっそく破綻したことを俺は嘆くのだった。グッバイ。マイライフ(予定)。
「とりあえず、勉強に集中できるようにお父さんの実家にしばらくいなさい。あそこなら田舎で静かだし、何よりお盆のお手伝いが足りなかったの♪」
「おいこの年増としまふざけんな」
「もっと罵倒ばとうしてみなさい」
「死ね」
「二言目がそれじゃ、脳足りんもいいとこね。 小学生のドリルを夏休みの宿題にしてもらったら?」
「イラッ☆」
 俺が黒いオーラを出し始めたところで母さんがまとめに入る。
「それじゃ、私たちはコミッケーに行ってくるわね♪ お父さんとラブラブなんだから邪魔しないでね」
「腐ってやがる……」
 母さんはそうしてステップを踏みながら台所へ戻る。俺は当たり所のないこの怒りをどこに晴らそうかと目を巡らせる。うむ、相変わらず何も無い部屋だ。ちょっと荷物の準備と言ってゲーセンでも行こうかな。

 とりあえずのサイフを持ち、部屋のドアを開けるとそこには姉の咲姉さきねえがいた。ちなみに俺が咲姉と呼んでいるだけで、実際の名前は咲音さきね
だ。
「わっ、いきなり出てこないでよ。驚いたじゃない。今度からはノックして出てきなさい」
「何で部屋から出るのにノックが必要なんだよ!」
「そんなことはどうでもいいの。あんた、今度お父さんの家行くんでしょ? 私も勉強しないとやばいから一緒に行くわよ! わかったわね?」
 言うと、咲姉は踵を返して自分の部屋に帰っていった。言葉を聴いて、俺にはもう拒否権は無いんだなってことも把握したのだった。後に残ったのは怒りでも憤りでもなく、脱力感だった。
 ゲーセンには行ったけど。



 第一章 暑中見舞い申し上げください

 電車を降りるとすぐに祖父じいちゃんの声が聞こえた。元気に手を振る咲姉さきねえを横目に溜息をする俺は、完全に夏の猛暑にやられた都会っ子なんだろう。
 祖父ちゃんの古い車に乗せられて、家にたどり着いてすぐ昼ご飯になった。デザートで出されたこの村――というより、県単位だが――の名物となっている林檎りんごがやけに美味かった。この瑞々しさは夏バテにはもってこいかもしれない。なんて素人の発言だけどね。
来てすぐには勉強する気も起きない。それは変なところで常識的な姉も同じようで、リビングで寝転がってテレビを二人で見る。地方でしか見られないコマーシャルというのも乙なものだ。
そんなことを思いながら一時の睡眠欲に身を任せようとしたその時だった。
「おにい!勉強しに来たって聞いたよ!」
「……」
 声を聞く。目が合う。目を閉じる。思考もオマケにシャットダウン。せっかくだから顔の方向も変えてしまおう。
「え、ちょ、久々に会う従姉妹いとこにその反応って無いんじゃないの……」
「俺はねむいんだがなぁ」
「移動だけで眠くなるなんて、都会っ子は弛んでるね」
「なんなら一緒に寝ようか」
「はぅっ!」
 可愛らしい声を出して顔を赤くする。従姉妹の瑞穂みずほだ。
「ほら、腕枕もしてあげるよ」
「いやいやいやいや、だめ、だめだから。だって私たち高校二年生と中学三年生じゃない……そんなの……だめなんだから」
 マンガなんかでは今のセリフは聞こえなかったりするところなんだろうが、きっちり聞こえてた。うん、ツンデレだ。本人は言ったつもりがないとか聞こえないように言ったはずとか思ってるアレだ。地獄耳だとギャルゲーの主人公になれないから嫌だな。むしろSMモノの主人公になりたいけど。勿論、全年齢対象版(笑)で。とりあえず聞かなかったことにして瑞穂に話しかける。
「俺と一緒に……寝てくれないか?」
 着ていたシャツの襟を下に引っ張って胸元チラリ。
「ぐはぁっ」
 顔を真っ赤にして倒れた我が従姉妹。可愛い。
「あんた瑞穂を言葉攻めだけで気絶させるなんて……弟のくせにやるわね」
「べ、べつに褒められたって嬉しくなんかないんだからねっ」
「うざい」
「存じております」
 不毛なのでやめることにした。


    *       *


 猛暑の中で勉強なんて出来るわけないだろう。室温は三十度を超えているだろう。扇風機も古いものしか無く、エアコンなんてものがあるわけがない。
「ちょっと! 倉庫に行くって言ってるでしょうが!」
 横で咲姉が何を言ってようと聞こえないんだ。全ては暑さのせいだ。
「倉庫に何か凄いのがあるのよ。付き合いなさいってば!」
 そんなんで俺は釣られない。何故なら俺は無欲の勝利というのを信じてやまないからだ。
「手伝わないと口にセメント流し込むわよ」
「倉庫に何があるってんだよ?」
「んーとね、魔法の粉末?」
「何それ?」
「願いごとが叶うみたいよ」
「またそんな安直な」
「だってそう聞いたのよ」
「誰から?」
「おじーちゃん」
「嘘だな」
「嘘ね」
「爺さんもボケだしたなぁ」
「まったくその通りね」
「というわけでこの話は無かったことに――」
「セメントを目に流し込むわよ」
「――しないで善は急げだ。仕事に取り掛かるか」
すぐる、大好きよ」
「咲姉、大嫌いだ」


    *      *


 というわけで俺たちは三人で家から百メートルほど離れた倉庫に来ていた。農家の家だったので倉庫の中は農業の道具でいっぱいだ。
あ、ちなみに三人ってのは別に表記ミスではない。
「ちょっとー! 何でこんなに埃まみれなの、この倉庫!」
「じゃあ瑞穂は来なくていいよ」
「行く! 魔法の粉を独り占めさせるわけにはいかないもん!」
 何!? 俺の思惑がバレていただと!?
「咲姉! そんなこと考えていたのか!?」
「あんたのことでしょ!」
「グフっ!」
 腹にパンチがクリティカルヒット。
「手を先に出すなとあれほど……」
「でも咲音お姉ちゃんも独り占めはしようとしてたでしょ?」
「もちろん」
「やっぱりお前もじゃねえか!」
 咲姉マジ悪魔。
「そんなことより、早くその魔法の粉とやらを探すわよ」
「……隠さないでよ?」
「とはいえ……この倉庫も無駄にでかいからな。流石は田舎というか、若干カオスになってるぞ」
 外から見た感じ、四十平方メートルはあったように見えた。しかも二階建てである。正直この中から件の粉末を見つけ出すのは面倒だ。
「それで咲姉、その粉の特徴は?」
「袋に入ってる」
「そりゃ袋にでも入ってないとバラバラになるだろう。他は? 袋に何か書かれてたりとか」
「さあ?」
「……」
 長い試合になりそうだった。


    *    *


「だーっ! 見つからん!」
 倉庫で探し出してから一時間は経過していた。三人がかりにも関わらず、まだ一階を探索し終えていない。何だこのやり込み度の高いダンジョン。
「さすがに私も挫折してきたわね」
 言いだしっぺの咲姉がこれだもんなぁ。
「それじゃ、今日はここまでにしようか。晩御飯もお祖母ちゃんが作ってくれてるかもしれないし」
「そうね。そうしましょう」
「一応異議無し」
 俺たちは揃って倉庫から出ようと――
「ん?」
 視界の隅に大きな袋を見つけた。もしかしてこれ――
「っておい」
 中身はただの砂でしたとさ。
「早くしないと置いていくわよー」

「はいはい……あー、咲姉みたいなドSじゃなくて、可愛い彼女が俺にもできればなぁ」

「何か言った?」
「咲姉は可愛いなぁって」
「ちなみにどんなドMでも甲斐性かいしょう無しを彼氏にするほどのマゾヒストはいないわ」
「俺、将来の夢はNINTENOOニンテンオー
の社長だったんだ」
「今の夢もいといてあげるわ」
「ネクロマンサーだ」
「そういえば専門学校できたわね」
「あるの!?」
 予想外です。





   第二章   粉雪舞う季節?

 朝、目が覚めて身体が動かないってのはよく聞く話だ。金縛かなしばりという現象である。脳は覚醒してるけど、身体が覚醒してないから起きる現象である。
今朝起きたはずなのに身体が動かなかった俺は、まぁその話を知っていたからそれほど驚くつもりは無かったんだ。
でもさ、まさかさ……。

金縛りが擬人化するとは誰も思わないだろ。

 俺の横には女の子がいた。銀色の綺麗な長い髪をしていて、可愛らしいパジャマを着ている。
その女の子は俺にしっかりと抱きついてきていて、放そうとしてくれない。こんな金縛りなら有りかもな……。
なんて思っていた俺が馬鹿だった。
 部屋の戸が勢いよく開き、バンと大きい音がする。
「おにい~! ご~は~ん~……」
 ……。
目と目が合う、瞬間――
「お、おじゃましましたぁ!!」
「待て、瑞穂みずほ! 俺を置いていかないでくれ!」
 おにいは変態ですなんて言いふらされたら社会的に死ぬから!


    *      *


「で、この子は誰なのよ?」
「俺と瑞穂の愛の結晶だ」
「嘘おっしゃい」
 どこからか取り出したハエ叩きで殴られる。おいそれ汚いんだぞ。
後ろで貧血になりかけてる瑞穂はさておき、咲姉さきねえに釈明する。
「言い逃れできないのはわかってる。俺はその子に抱かれてしまったんだ」
「ハイワロ」
「ハイワロ!?」
「はいはいわろすわろす」
「……まぁ、朝起きたら横にいた。それだけの関係なんだが」
「何それ」
「俺も訊きたいよ」
 実際、俺には何の後ろめたいところもないしなぁ。
「というか」
「うん?」
「何で本人が横にいるのにあんたに訊いたのかしらね」
「まったくだ」
 というわけで、さっきから横で朝ご飯の味噌汁をすすっていた銀髪娘に目を向ける。
「さて、何者なのよ?」
 咲姉が尋ねる。
するとその少女は大きな眼を開いてそれはもう可愛く――よし、ストライクゾーンど真ん中だ!――微笑んで言った。

「何者も何も、私を呼んだのはそこの男の子だよ?」

「やっぱりあんたじゃないの」
「ぐふぉッ!?」
 ちなみに今の声は目潰しされた誰かの呻き声である。
「そうじゃなくて、あなたが何者って言ってるんじゃないんですか……」
 横から瑞穂が恐る恐る意見する。
「ああ、そういうことね!」
 合点がいったのか、可愛らしく手を打つ。
「私は頼みごとを叶えたんだよ」
「頼みごと?」
「ほら、彼女が欲しいだっけ?」
「ん? ……は?」
 そういえば昨日、倉庫から出る前に――

『咲姉みたいなドSじゃなくて、可愛い彼女が俺にもできればなぁ』

「まさかお前……」
「願い事を叶えることでお馴染なじみの魔法の粉で生まれたのか?」
「というより、粉末本人だよ」
「倉庫のどこにあったんだよ?」
「入り口の横だよ」
「東大デモクラシーか……!」
「灯台下暗しね……」
 そこであのセリフが聞こえていなかったのか、瑞穂が言う。
「話が見えない……」
「つまりこうだ瑞穂。彼女が欲しいと言ったらそれが叶ってしまった。以上」
 我ながらわかりやすい解答だ。
「え、ということは……この子は、おにいの、彼女?」
「あ」
 そういうことか! 気づかなかった。
「うん、だから私はそこの――誰?」
すぐるだ。佐渡さわたり優」
「優の彼女さんってことになるね」
 何この府に落ちない感じは……。
「えええええええええええ!?」
「ど、どうした瑞穂?」
「い、いや、その、えと、なんというか」
「「「?」」」
「わ、私がいるのに……ゴニョゴニョ」
「すまん、何だって?」
「な、なんでもないわよっ!」
 そう言って瑞穂は顔を背ける。
「君の名前は?」
「あ、粉雪こなゆきって言うんだよ。優」
「そうか。――粉雪、あのさ」
「どうしたの?」
「身体……つまりは粉でできてるの?」
「んとね、基本的には人間と同じ状態だけど、やろうと思えば粉末にもなれるよ」
「それって、どういうこと?」
 さっきから粉雪をまじまじと見ていた咲姉が話に割り込む。
「それは実際に見せた方がいいかもね」
「ええ、お願い」

「まずはこれ! 小麦粉こむぎこモード!」

「「……」」
 可愛らしくポーズを決めて叫ぶ。
「そしてこれ、片栗粉かたくりこモード!」
 どうやら日常で粉末として使われてるものにはなれるようだ。
――って、そういうことじゃなくてだな。
 俺は咲姉と瑞穂に囁きかける。
「なぁ咲姉、瑞穂」
「うん」
「何か見た目……変わってるか?」
「変わってるようには見えないよね」
「やっぱりそうよね」
 二人ともわからないようだ。
「そしてそして石灰せっかいモードにパン粉モードに……」
「粉雪」
「ほよ?」
「あのさ、俺たちにわかる変化をしてほしいっつーか……」
 俺はそう言って粉雪の肩に手を――

 ――ボスッ!

「え?」
 手が粉雪の肩を貫通かんつうした。
 手が貫通したところのケガ――いや、血は出ていない。というか、すぐに治っている!?
「身体が粉で出来てるから……ってことか」
 なるほど、パン粉だから軽くて、手も軽い力で貫通したのか。
「人の形は粉の状態でも保ってられるのか」
 粉雪の身体の中で指を動かしてみる。
「あ、んぅ、中、かき混ぜちゃ、らめぇ」
 目の前の少女が淫靡いんびな嬌声を上げ、身を奮わせる。
「え……と……?」
「ひゃ、あう、んっ」
 俺はさらに彼女の『中』をまさぐっていく。
「な、中で、手が、動いて……!」
 粉雪のひとみは熱を帯びてうるんでいた。
 理性より好奇心というか、本能が勝ることがあるなんて……!
「大丈夫だ。ちゃんと俺がリードしてやるから……!」
「やめなさい」
「ひでぶっ!」
 咲姉が俺を殴ってくれました。


    *      *


 そして、粉雪という新たに加えた仲間も一緒に俺たちは夏休みをむさぼり過ごしていた。
それで、まぁ何だ。うん。可愛かったし、俺の彼女になりにきたって話だしで色々高校男児としては抑えたくはなかったが、咲姉のおかげでもう粉雪には近づかないマインドコントロールがががががが

 閑話休題。

 粉雪の事は祖父さんに馬鹿正直に言ったら一緒に暮らすことになりましたとさ。夏休み終わったらどうか知らないけどな。







   粉雪の能力レポート   咲音さきね

①ヒト状態と粉末状態の二つの状態を使い分けることができる。
②粉末状態は、日常で粉の状態で使われているものになら基本的に何にでも化けられる。
③粉末状態時、物理的な接触は全て貫通し、また貫通してもすぐに再生する。
④粉末状態時、水を被ると粉が固まり硬直して動けなくなるため、ヒト状態にならざるを得なくなる。(粉雪本人の発言のため未確認)
⑤ヒト状態はダメージもあるし、『死』という概念もある。





   第三章    真夏の吹雪

 テレビには犯罪グループと誘拐された青年の顔が映っていた――というか俺だ。
そして俺の周りには現在三人の男たちが囲んでいる。
さて、どういうことだかおわかりだろうか。

 拉致らちられました☆

 いやいや、ふざけてる場合じゃないのはわかってるんだけど、どうしようもないからね!
 さて、何でこんな状況に陥っているのか簡単に説明しよう。尺稼しゃくかせぎの逆だ。察せ。
今日のご飯を買出しに自転車で一時間かかるスーパーまで行く途中、信号待ちのときに拳銃けんじゅうを突きつけられそのまま連行。そして近所の大きい工場に立てこもりを始めたわけだ。職員たちは逃亡を済ませた。
もちろんこの場面で俺は人質ひとじちである。手足はロープで縛られている。
犯罪グループは現場の近所の銀行で強盗をしたらしいのだが、警察が迅速に行動を始めたせいで人質というお手軽な方法に出たわけだ。うむ、俺は運が悪い。
 先ほども言った通り、俺と犯罪グループの皆さんはテレビで既に顔が割れている。ここまで来ると持久戦になるだろう。ご飯大丈夫かな。というか粉雪たちもテレビで見てるかもしれないな……。
犯罪グループの頭領とうりょうらしき者が外の警察に向かって何か言っているのに耳を傾けても「逃亡用の車と金を用意しないとこのガキを撃つぞ」としか言っていないような気もする。もっと段階的に責めた方が確実に相手に効くと思うのだがなぁ。話を承諾しょうだくしないなら十分おきに爪を一枚ずつ剥がすとか!
 自分に降りかかるのは嫌だけど――

「……助けに来たよっ」

 ――そしてお節介な奴もいたものだ。真正面から工場に突入してきた少女。俺は厄介ごとは自分で何とかしたいタイプなんだ。
粉雪こなゆき!」
すぐる!」
「邪魔だから帰れ!」
「目的が終わったらね!」
「うるせぇ! ガキは黙ってろ!」
「ぐうっ」
 腹を蹴飛ばされる。手足がしばられて無けりゃ大したことない攻撃だが、抵抗できないとなると重いものだ。
「優!」
「おいそこの女! ケガしたくなけりゃ早く帰れ!」
 脅しの言葉だが、粉雪はその程度では怯まない。
 走り出す粉雪。その手にはナイフが握られていた。
やむをえず、拳銃を持ち直し頭領は粉雪に向けて、撃った。
「粉雪ィ!」
 しかし、身体に当たったはずの弾丸は身体を突き抜ける――なるほど、粉末状態なのか――ってそれチートじゃん!?
「そんなの当たらないよ!」
「な、何者だお前!?」
「ッ!? 粉雪、後ろだ!」
「え?」
 ここは工場。つまり雑多ざったなメカニックが至る所に設置されている。
拳銃の弾丸はやや大きめな機械に当たり、それは爆ぜる。
「うわっ!!」
粉雪には爆風は届かなかったものの、その周囲の物に火が飛び移る。

 ジリリリリリリリリ!!

 非常ベルが鳴り響いた。
 それと同時にスプリンクラーから水のシャワーが振りかれる。
「あ……」
 そうだ――水を浴びると粉は固まってしまうからヒト状態になるんだ! これで拳銃を避けることは出来なくなってしまった!
って何を解説してるんだ俺は!
「粉雪、逃げろ!」
「くっ」
 粉雪は背を向けて走り出そうとするが、未だに消火し切れてない炎にはばまれる。工場の外周を回るように物陰に隠れながら避ける粉雪。
粉雪は持っていたナイフを頭領に向けて投げるが、走りながらの投擲とうてきでは命中しなかった。そして空いた両手で鉄板を拾い上げて頭の上で持っていた。水を避けて乾かすつもりなのだろう。
 だが、そんな重たいものを持ったまま素早く移動できるわけが無く、粉雪はわき腹を拳銃で撃たれてしまう。
「あっ……つッ……」
「粉雪!」
 何にも出来ない自分が腹立たしい。せめて足のロープだけでも切れれば――あるじゃないか。さっき粉雪が投げたナイフ。倒れている俺も這ってなんとか手が届く距離に落ちているそれを、幸い粉雪の方に注目していて俺の動向はバレなかったようだ。
 ナイフを手に取り、背を反らして足のロープを切る。手の方は――危なくて無理そうだ。
「おい! こいつ足のロープ切ってるぞ!」
 しまっ……! 下っ端したっぱの一人に気づかれた
「そうか、そいつを人質にしてたのを忘れ――!」

「セメントモード!」

 粉雪が言うと同時に下っ端の一人が倒れる。
まだ水が乾くような時間じゃ……いや、炎か!
粉雪は行く手をさえぎる炎を逆に利用し、身体を乾かしていた。そして粉末、セメントになり水を足すことによって――コンクリートの硬さになる。
粉雪はもう鉄板に身を隠していなかった。短期決戦に入った。
「こ、このアマ……!」
 もう一人いた下っ端が銃を構えるが、遅かった。その顔はもうコンクリートの固まりをぶつけられてゆがんでいた。
「ナメんじゃねェ!」
 その瞬間、頭領の銃が粉雪に火を吹く。
「うぁっ! あぐッ……!」
 足に食らって、また血を噴き出す。
やむを得ず粉雪は足を付いてしまって動けなくなる。
「すまないが、見せしめとして死んでもらう。こちとらポリ公にナメられちゃいけねェんでな」
 粉雪に近づいて銃の照準しょうじゅんを粉雪の顔のど真ん中に定める。
「あばよ――」
「させ……るか!」
 俺は足がもつれたまま後ろから体当たりを仕掛ける。
「うおっ!?」
 頭領が倒れると同時に銃も放り出されてしまう。
「優、ありがとう」
 粉雪は立てひざになって倒れた頭領を見下ろす。
 スプリンクラーはいつしか止まっていた。
「や、やめてく――」
「えいっ!」
 拳を振り下ろす。頭領は声も出さず気絶した。

 そして、粉雪も倒れた。

「粉雪!」
 俺は二本足で立ち上がり、粉雪の横に移動する。
「粉雪! 大丈夫か!?」
「優……悪いやつら、みんなやっつけたよ」
「お前の話をしてるんだ! 身体は平気なのか?」
「えへへ……」
 言いづらそうに粉雪は目を逸らす。
「ごめん、先に……行くね」
「こな……ゆき……」
 自分の眼から熱い液体が染み出してくるのがわかった。
「粉雪……何かやってほしいこととかあるか」
「え?」
「お礼を……したい」
「そんなの、いいよ」
 粉雪の即答。
「私は元々、優の願いから生まれたんだもん。それって優がいなかったら私はいなかったってことだよ。感謝してるのは、私の方」
「でも!」
「……強いて言うなら、抱きしめてほしかった……かな」
「それなら……ってロープが!」
 粉雪はケラケラと無邪気に笑った。
「ごめん、粉雪」
「わかってて言ったんだもん」
 こんな時に緊張感がない、いや、そのおかげで俺は救われた気持ちになっていた。
 粉雪は手で俺の頬に触れた。
「それじゃ、お先に」
「……ああ」
 手が動かせないから泣き顔を拭えないまま粉雪を見ることになってしまった。
「ふふ――助かったんだから、ここは泣かないで笑うところだよ」
「ああ、そうだな……」
 引きつった笑顔を作った。粉雪がいなくなってしまうなんて、笑い飛ばすことはできなかったから。無理やり顔を作った結果だった。
 それを見て粉雪は満足したように目を閉じ、いった。
「じゃあね」
 一言を残し、粉となって一筋の風に飛ばされた。キラキラと浮かぶその様は、冬に見る『こなゆき』のようだった。
「あ、ああ……」
 言葉が見つからない。
「……粉雪」
 頭に浮かんだ一人の名前を、
「粉雪……粉雪!」
 誰かが止めるまで俺は叫び続けた。
「粉雪ィイイイイイイ!!」






 エピローグ

 その後、現場に突入してきた警官たちに俺は保護された。事件解決しようと思ったら解決してるんだから肩透かしもいいところだろう。それ、粉雪こなゆきのおかげなんだぜ。
事情聴取や身辺調査が終わり、帰宅の途についた。警察の話によると、粉雪のことは何も知らないという。俺何かのために一人で忍び込んで来たんだろうな。

 粉雪がいなくなってしまったのだ。喪失感そうしつかん――ありきたりな言い方だと、心にぽっかり穴が空いたような心情――俺が感じたことのあるそれの中で最大のものだった。
「……粉雪」
 何を考えようとしても粉雪のことが頭から離れない。家の明かりが見えて安心すると同時に寂しさもあった。もうあの家には粉雪はいないのだ。
家のドアを開けると、咲姉さきねえが出迎えてくれた。
「お勤め、ご苦労様」
「アホ、俺は被害者だぞ」
「ツッコミを入れる元気はあるのね」
「MPが足りないからHP削ってるんだ。放っといてくれ」
「あと何回ボケれば倒れてくれる? まだご飯の準備できてないのよ」
「逃げるコマンドを選択するよ」
 俺は咲姉の横を通り抜けてリビングへ向かった。
「無事で、本当に良かったと思うわ。あとは、あんまり事件のことを引っ張らない方がいいと思うわよ」
「……ありがとう」
 リビングに入ると、テレビの前に陣取っている瑞穂みずほがいた。テレビでは、俺を捕らえていた連中のニュースが流れている。
瑞穂は視線をテレビに向けたまま言った。
「おにい」
「ん?」
「年下の私が言うのもなんだけどさ――事件のこと、引きずらないようにね」
 瑞穂が言っているのは、俺が命の危険にさらされたことだろう。だが、俺の中で尾を引いているのはそんなことよりも粉雪だった。……とは言え、粉雪のことも引きずってはいけないことだ。瑞穂に助けられたかな。
「ああ、ありがとうな。瑞穂」
「べ、べつにあんたのために――どういたしまして!」
 そのままセリフを続けていたら独り言になってしまっていたんじゃいだろうか。
 俺はその背中に微笑みかけた。
「よし! 腹が減ったしご飯作るの手伝うことあるか、咲姉?」
「あれ? MP回復しちゃったのかぁ」
「おかげさまでな」
「単純なのねぇ」
「その方が楽だぜ。一度やってみる価値があるぞ」
「そこは同意しとくわ。――あ、粉雪ちゃん、ソースを冷蔵庫から出してくれる?」
「あ、はーい」
 ……えっ
「粉雪?」
「ほい?」
「何でいるの?」
「え!? 粉雪ってもしかしていらない子だったりする!?」
 粉雪はパッと涙目になる。
「そうじゃなくて!!」
「優~? 私は女の子を泣かすような男に育てた記憶は無いんだけどな~」
「咲姉はややこしいから黙ってろ!」
 一蹴。私だってレギュラーキャラなのにと意味わからんことを言う咲姉を尻目に、俺は粉雪への詰問を再開する。
「粉雪、あの時粉になって飛ばされて、消えたんじゃなかったのか?」
「??? 何で消えるの? 飛ばされるって消えるってことじゃないでしょ?」
「い、いやいやいや!! だって先に行くとか言ってたし!」
「あそこの部屋暑苦しくて最悪だったよね! 私あんなとこ長時間いたくないよ。」
「……行くってのは?」
「帰ってきたんだよ? 風向きもちょうど良かったんだから、そりゃそのまま帰っちゃうって」
「あ~なるほどね……撃たれたケガは?」
「粉末になって再生したよ」
「ああ、そうかい……」
「いや~それにしても、あの悪党どもをばったばったと倒す私! かっこよかったでしょ!」
「……そうだな」
 勘違い……? いや、確実にこいつの言動を聞くと誰だって消えるって思うよな?
「しかし、優もあれだね。あんなのに捕まっちゃうようじゃ、まだまだだね!」
「ああ、そうだね……じゃお前を倒せば俺はあんな連中より強いってことかな?」
「ふぇ?」
 思い出すと腹が立ってまいりました。わたくしすぐる不祥事ふしょうじながら切れてしまいますよ。
「お前に有効な攻撃って何だろうなあ? 袋詰めにして埋めたり、水に沈めたり? いや、ストレートに水をかけてなぶるのもいいなあ」
「す、優……顔が怖いよ……?」
 粉雪は小動物のようにぷるぷる震えだした。そういう顔が見たかったんだよ……ハァハァ
「何にしても、一生かけていじめていたいよな……どうすればいいかな」
「そ、それは私に毎朝味噌汁を作ってくれって言ってるようなものなんでしょうか」
「違うわ!」
「ひゃぅ!」
「そうだな、やろうと決めたことがあったんだった」
 俺はそう言い、おびえる粉雪に近づいた。
「お手柔てやわらかに……」
「もちろんだよ」
 俺は壊れ物を扱うように、粉末のオブジェを腕で包み込む。
「ありがとう、粉雪」
「あ……うん!」
 出来る限りの強さで、粉雪を抱きしめた。



              了

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